小山会長の教え「将の器」

今日は、小山会長の直接支援の日です。その中で私の心に響いた教えをお伝えしたいと思います。会社経営では、思いもかけない事態に遭遇します。というより経営者たる者は、順調にコトが運ぶほうが珍しいと覚悟しておいた方がよいのかもしれません。窮地に立たされたときにこそ、「将」としての器が試されるという訳です。危機に際し、慌てふためいてピンチを広げるような失態を犯すようでは人の上に立つ資格はないと小山会長は言い切ります。 “小山会長の教え「将の器」”の続きを読む

卒業

双子の息子の小学校の卒業式
双子の息子の小学校の卒業式

「校庭の桜のつぼみも心なしか膨らみ始めた、今日の良き日に、卒業を迎えられた6年生のみなさんおめでとうございます。」とはじまった校長先生の式辞。我が子の卒業式。経験のあるかたは身に覚えがあるとおもいますが、当事者の親としましては、うれしいなかにもなぜが一抹の寂しさがあるものですね。 “卒業”の続きを読む

3.11

午後2時46分震災発生時刻、気仙沼方向を向いての黙祷
午後2時46分震災発生時刻、気仙沼方向を向いての黙祷

絶望の日。決して忘れることのできない日。生きていることに感謝する日。人生が劇的に変わった日。思い出したくない日。etc・・・・・。今日という日を形容する言葉は人それぞれだと思います。

一言で表すのは非常に難しいのですが、あえて表現するとすれば私の場合「生かされた日」になると思います。当日のことをよく思い出してみると本能なのかはわかりませんが、全ての行動が生き抜くために行動していたように感じます。当時は私は専務の役職でしたが、今でも地震後の判断は間違っていないと確信していることが一つだけあります。それは、全従業員と両親を助けたことです。今までに経験したことのない地震の揺れにより必ず津波が来ると直感し、工場内にいる従業員が心配になり様子を見に行くと、機械は横転するは、天井は落ちてくるは、床は亀裂が入るやら、悲惨な状況でした。後片付けには何日かかるだろうという状況でしたが、従業員に対して「一切手をつけるな!今すぐ自宅に帰りなさい」と指示したことです。この一瞬の素早い対応が弊社の全従業員が一命をとりとめる結果となりました。そして、私の両親も地震で腰を抜かしていたのですが、なんとか車で逃がして事なきを得たのです。気仙沼の丸光製麺(当時は丸光食品)の周りには住宅や水産会社など所せましと密集していましたが、後に聞いたところ、どの家もどの会社も誰かしらお亡くなりになっているとのことでした。私は会社にいた全従業員と両親の命を奇跡的に救ったと今でも思っています。 “3.11”の続きを読む