別れ・拝辞・暇乞い・・・そして旅立ち

一関工場脇のネコヤナギが咲きました
一関工場脇のネコヤナギが咲きました

平成27年度も今日がいよいよ最終日。いわゆる大晦日と一緒ですね。弊社は移動も転勤もありませんが、公務員や銀行員、大企業の方々は人事異動に大わらわのことでしょう。3月は、別れの季節であるとも言われ、卒業・就職・転勤とさまざまな別れと旅立ちがあります。しかし、それはまた、新しい出会いと未知のものに立ち向かおうとする希望と不安に満ちた時期でもあります。自分の夢や希望を持って就職する人もあれば、進学する人もいます。合格発表に一喜一憂し、拍手を送られる人もあれば、捲土重来を目指す人もいます。反面、失意の果てに悲劇を招くという話もないわけではありません。よく巷では、高校受験のことを「15の春」などと言う人もありますが、人それぞれ人生のドラマのように見える、切ない季節でもあります。

最近の我が国は、少子高齢化に伴い、国力の低下や、長引く景気低迷も手伝ってか「夢と希望」を語ることが少なくなっているように感じます。元気のない「大人達」はさて置き、せめて若者には「夢と希望」を抱いてもらいたいと思うのは、私も、年をとったせいでしょうか?

年をとったといっても、まだまだ若輩者。私の薄っぺらな言葉ではなく、今日は、新たな世界へ旅立つ若者へ、経営者として、また人財育成の大家として、明治から昭和の激動期を生きられた、人生の大先輩からの格言を送り、今日の「熊谷茂 丸光製麺・社長ブログ」といたします。

 

<自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、他の人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広いときもある。狭いときもある。のぼりもあれば、くだりもある。坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。なぐさめを求めたくなるときもあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、とにかくこの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。他人の道に心を奪われ、思案にくれて立ちすくんでいても、道は少しもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。>

松下幸之助 翁