卒業

双子の息子の小学校の卒業式
双子の息子の小学校の卒業式

「校庭の桜のつぼみも心なしか膨らみ始めた、今日の良き日に、卒業を迎えられた6年生のみなさんおめでとうございます。」とはじまった校長先生の式辞。我が子の卒業式。経験のあるかたは身に覚えがあるとおもいますが、当事者の親としましては、うれしいなかにもなぜが一抹の寂しさがあるものですね。

この6年間を振り返ると、震災後の丸光の再建までの道のりとまったく一致するので親としては何をやってあげたのだろうかと考える日でもありました。2011年3月11日は、まだ1年生で給食も終わり校庭で遊んでいる最中だったと聞きました。子供達も経験したことのない震度6弱の揺れとその後の巨大津波。当時の先生達もご自身のご家族のことが気になったはずですが、まずは児童達の安全を確保することにご尽力されたと聞きました。そして一人一人、親が迎えにきたことを確認して子供達を引き渡すことを一晩中、学校に詰めておこなっていたそうです。もちろん職場の関係ですぐに迎えにいけなかった父兄もいらしたことでしょう。幸いにも私の子供達は夕方までには迎えにいくことができました。

そして、翌月4月の2年生としての始業式は通年より1週間ほど遅れてスタートしました。当時は学校の一部が避難所となり、通常の学校生活と避難された方々の生活スペースを一つの校舎の中で完全に分離して一学期は始まりました。その後は、各学校の校庭や公園には続々、仮設住宅が建てられ子供達が遊ぶスペースはどんどん減っていきました。やむをえないことですが、このことは子供達にとってはかなりのストレスだったことでしょう。その後うちの子供達はサッカーに出会い、スポーツ少年団に入って週2回は思いっきりグランドを駆け巡ることが出来、この出会いが、ストレス発散になり、勉強にも集中できるようになったと思います。

親としては常日頃から口うるさく「勉強しなさい」「かたづけなさい」などと言いますが、この子達は震災後、特に何の不平不満を言わずに親の背中をじっと見つめていたと思うと、急に愛おしくなります。抱きしめようとしましたが、数日で中学生です。逃げられました。今後は、体も心も急に成長していく思春期を迎えます。全国で中学生の悲惨なニュースをよく耳にしますが我が子だけはそのようなことに巻き込まれてほしくないと思うのは親の本音ではないでしょうか。多感な時期でもありますから、家内ともども子供のことを気にかけながら様子を見守っていきたいと思います。